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2010/11/27

禊(みそぎ)

この一年以上無収入に近いので、つくづく金が欲しいなと思うときと、このままずっとこの状態が続けばいいのだという気持がその日その日の状況に応じて日替わりでやってくる。ただこの三〜四ヵ月はどちらかというと3:7で後者の気持の方が強くなっている。金が何故欲しいかと自分に問えば現状を維持したいということと、少しでも楽したい、それに世間に対する見栄、それ以外にない。真っ白な状態で生を受けて、長年生きてきたらつまらぬ欲でアカまみれ、なんとつまらない人間と自分で自分にあきれる。三十代からうっすらと描いていた夢、年老いたらからだの自由がきくうちに野宿しながら日本を北から南の果てまで太平洋側、日本海側と一周歩きまわる禊の旅に出て人知れず野たれ死ぬ。徒歩巡礼というのは心に砥石をかけているようなもの、歩きながら、心の煩悩をすり減らしているのだと何かで読んだ記憶もある。旅の絵日記が最後の仕事、いま始めたばかりの新らしい仕事が終わったら旅に出ろと、そんな状況を神に与えてもらっているのだという気がしてならない。なまじっか収入があったりすると自分のように弱い人間は第一歩を踏み出せずに終わってしまう。せっかく汚れなき身として生んでもらった親にあの世で合わす顔がない。ただこれも自分の意志で行動を起こしていると思ったら大間違い、自分で泳いでいるつもりでもほんとうは神の創った河をただ流されているだけ、どちらに転んだとしてもそれが天命なのだ。また何かと収入があるのなら、これから少しはまわりの人達に使う、もし無いのであれば金銭にかわる収入を神におまかせする。それが何だか分らないがとてつもなく貴重なものの気がする。「坊主に救いを求めなくとも、現実の土を掘っていった所に安心がある」誰が言ったのかどうしても思い出せないが、いまの自分には実に良い言葉だ。そして、明日をも知れぬ少年時代と、いまこの不安定な状態の毎日が最も日々平安に思えてくるのだ。ただ一ツ怖いのは健康を損ねること。

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