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2010/12/16

抗米援朝(カンメイユワンチャオ)

北が韓国の延坪島を砲撃したというニュースが飛び込んできた。1951-2年ごろ朝鮮戦争の真っ只中には北京にいた。中国の人民解放軍が参戦、北京の街は「抗米援朝(アメリカをやっつけ北朝鮮を助けよう!!)」のスローガン一色。解放軍のトップは朱徳総司令、朝鮮戦場のトップが確か彭徳懐、学校で子ども達は彼を英雄視し、「抗米援朝」の歌をうたい、コブシを振り上げスローガンを叫んでいた。小学生の小さな子どもがだ。朝教師が開口一番「平壌」が解放された等の戦果を大声で叫ぶと子ども達も興奮して「平壌解放了!!(ピンユアンチエフアンラ)」と口々に叫んでいた。下校時には列を組み、金日成将軍賛美の歌をうたう。ときどきテレビに映る北朝鮮の子ども達が行列して歩いている姿とだぶる。街には毛沢東の肖像画がいたる所にあふれ、あちこちにベタベタとスローガン。10月1日国慶節には天安門の前を軍のパレード、延々と続く民衆の隊列。そして食べ物にもこと欠き、乞食同然の姿の中国人が街にあふれていたのを思うと、正にいまの北朝鮮と同じ中国だった。約六十年前の話だ。

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