Information

月別アーカイブ:「2010年08月」の一覧

2010/08/31

生みたて卵

鴨の宮の町で「生みたて卵直売所」というのぼりが立っているのを見つけ入ってみた。広告の紙を折って箱を作り、それに卵が五個ずつ入ったものを長い板の上に並べて売っていた。一個からでも売ってくれる。
高いモノは一個30円以上して、大きく形の良い卵で鶏の飼い方から、与えるエサまで違うのだそうだ。
値段は四段階ぐらいに別れていて、いちばん安いもので確か一個二十一だったと思う。いちばん高いものを買って帰り、とにかく生で味わってみようと炊き立てのご飯に割って食べてみた。昔なつかしい卵の味がした。
味が濃くねばりがあるのだ。卵に限らず、野菜にしても、肉・魚にしても、いまの我々の食生活はどれだけ本来の味のモノを食べているのだろうか。食べ物だけではない。人間の味もかなり落ちてきているように思う。どのジャンルの人材も似たりよったり、多少の優劣はあっても味が均一化していて面白くない。要は何にしても、作り方の問題か。ただ人間だけは、多少過酷な環境で育てないと、日々平安、ぬるま湯のような所から良い味をもったものは出てこないように思う。

ブログ,日記

2010/08/30

ブログ

自分のホームページを作っていただいた方からのすすめで、ブログの文章を書き始めて何カ月かが過ぎた。「ブログ」などと、いまでもチョッとバカにしているのだが、友人に月に何通か手紙を書く以外、文章をかくということがめっきり減ったので、文章の訓練には丁度よいといまでは感謝しているし、何事によらず続けることの意義は大きかろうと思って書いている。
パソコンやケータイの世界、インターネットと世間さまではいまや仕事上不可欠だし、それなしでは世界が成り立たないようだが、自分はいまのところ何の必要性も感じていない。人と話をするのもメールよりは電話、電話よりは直に会って話をしたいという気持が強い。
すごく短縮され、刹那的でチョッと面白かったり、新鮮であったり、奇抜だったりするものがもてはやされているようだが、裏・表で言えば表だけの世界、奥深いものは何もないように思える。世間全体がインターネットという覚醒剤中毒に落ち入っているのでは。ケータイやパソコンに向わないとタバコがきれた愛煙家のようになっているのではと思ってしまうのは戦前生まれの戯言だろうか。暑い日が続くが、クーラーの涼しさよりは時々木陰を通り抜けて窓から入ってくる風と風鈴の音で涼をとりいまこれを書いている。

ブログ,日記

2010/08/29

甲虫

玄関の階段の隅をかなり弱った甲虫がはっていたので家に持ち帰った。角があるからオスだろう。
樹液や果汁を吸って生きていると聞いたので、箱に土を入れ日替りで桃やぶどうを入れてやったら大部元気が出てきた。甲虫が夜行性の動物だとは知らなかった。昼間は土の中にもぐったりして静かにしているが、夜になると箱の上に置いたプラスチックのフタを押しのけて外に出て夜遊びを始める。バタバタと飛ぶ音で眼が覚め、見つけては箱に戻しフタの上に重しをするのだが少々のものだと押し上げてまた出てゆく。迷惑極まりない。そしてふと気がついた。なんのことはない。元気になったのだから自然に返してやればよいだけの話。家で飼っておく理由など何もないのだ。

ブログ,日記

2010/08/28

フェロモン

女性は四十才を過ぎたころから、ガラッと人が変わるように思うのは自分だけだろうか。
うまく表現できないが、自信満々というか、しっかりと根を張ったというか、恥じらいが無くなるというか、自分自身を何のためらいもなく押し出してくる感じを受けるのと、思考がより現実的になり、自分のまわり、自分たちの巣を守ることに全力をあげるような気がする。
全ての女性がそうだとは言わないが、90%以上の確率でそう思う。別れた女房にもそれを感じ始めたころから、いわゆる異性としての魅力を全く感じなくなってしまい、単に一人の同居人になってしまった。
それでも一緒に生活することで、何かとプラスになることが多ければよいのだが・・・。
先日ある女性(既婚)と昼食を共にする機会があり、若いころから知っている彼女の変わりようにチョッと驚いた。(本質としての優しさ等は一ツも変わっていないのだが)女性が発する特有のフェロモンが漂ってこないのだ。ドシッと腰をすえた一人の女の人が眼の前に居るのだ。よそのご夫婦のこと、だから別にどうこうという話ではないのだが・・・。

ブログ,日記

2010/08/27

引っ越し

約二十年住み馴れた家から引っ越した。
純和風の戦前の建物、見てくれは良かったがあちこちにガタがきていて、見ると住むでは大違い、人に話をしてもとても信じてはもらえない事が始終おきる。
実際に住んできた者としてはよくいろいろな事に耐え、我慢してきたものと我ながら感心する。普通の神経の持ち主だったら三カ月も住めなかろうと思う。
不断からよくモノを捨て整理整頓する方だが、今度は普通のアパートで六帖が三ツと狭いこともあり、いままで捨てるのを躊躇していたモノも思い切りよく捨てることができた。引き出し一つ一つの隅から隅まで約1カ月かけて完璧に整理したので、いまならいつ死んでも、誰にどこを見られても恥ずかしくはない。少なくともモノに関しては死ぬ準備ができた。この状態を何とか維持してゆかねば・・・。

ブログ,日記

Next

Page Top