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月別アーカイブ:「2010年10月」の一覧

2010/10/25

珍味

わが師匠A氏の誘いで、久しぶりに酒をご一緒した。チョッと風変わりで面白い主人がそば屋をやっていて、自分の作品も何点か買ってもらったりしているのでそこで飲もうということだった。大きな店でのれんはすばらしい藍染め、凝った店のつくり、店内には師匠の作品やガラス作家の作品等いろいろな作品が並んでいる。聞けば奥さまの父上は高名な型染めの作家、弟さんは絵かき、娘さんもいま芸大で学んでいるらしく芸術家。それより驚いたのは、その主人の話題の巾の広さ、細胞分裂するが如く次々と話がはずむ。ユーモアのセンスもあり、仕事に対する情熱、物事へのこだわりも相当なもの、九時にはのれんをしまい、それから客のいない店内で遅くまで時間を忘れて話し込んだ。近頃、銀座や新宿で酒をのんでもなかなか魅力ある人物におめにかかれない。ワサビなしで刺身を食べている感じで物足りなくてしようがないのだが、久々に産地直送の珍味を好きなだけ食べたような満足感で「また、寄らせてもらいます」と言って店を出た。

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2010/10/24

ベッドで煙草・・・

煙草が値上がりして禁煙者が増え、いずれ煙草を吸う人が殆んどいなくなったら寂しい話だ。日本の名曲のこんな歌詞がピンとこない人が出てくるのだろうか・・・。
 しけた煙草をまわしのみ、かけた茶碗で酒をのみ・・・阿久悠「下宿屋」
 ベッドで煙草を吸わないで、私を好きなら火を消して・・・岩谷時子「ベッドで煙草を吸わないで」
 やけにふかした煙草のけむり、心うつろな鬼あざみ・・・島田磬也「裏町人生」
他にも煙草の出てくる歌詞はいくらでもある。「不幸にはさまざまな顔があり、幸福には平凡な顔一ツ」と誰かが言ったように、よくないとされているものにはほんとうにいろいろな顔、表情があるものだ。ちなみに母の匂い、父の匂いと言ったとき、父の匂いで最初に頭に浮かぶのはかすかな煙草の匂い、父の煙草を一本盗んで隠れて吸ってみたのが、いま思えば自立への第一歩のような気もする。

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2010/10/23

変才

(1)鬼才(2)奇才(3)天才(4)異才(5)秀才(6)英才(7)俗才(8)凡才(9)不才、人間の頭の良さなのか、出来の良さの序列か何だかよく分らないが、本を見ていたら順番に並べてあった。世によく言う英才教育というのは、なんのことはない序列七番目以下の人間を六番目に上げる努力、たいしたことはないのだ。自分はどれにあてはまるかと考えてみたら、七番目の俗才が最もピッタリくるように思える。もう一ツ十番目に変態的要素を持った人間ということで(10)変才を付け加えて貰えるなら喜んで十番目でいたいと思う。住所録をめくりいろいろな人を何番目にするか当てはめてみたが(5)番の秀才止まり、それ以上はいなかった。

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2010/10/22

「ら」抜き言葉

言葉が時代と共に少しずつ変わってゆくのはそれでいいと思う。そのことをどうこう言うつもりはない。ただ「寝れない」「食べれない」等「ら」抜き言葉だけは気にかかる。若い人達が使っている分には差程気にならないのだが、テレビなどで五十才を過ぎ、言葉を話すことを仕事としている人が「ら」抜き言葉を使っていると耳障りで仕方がない。何年か前に国で「ら」抜き言葉も認めたわけだから別にいいのだがニュース等正式な場では現在も「ら」を入れて使っている。「寝られない」「食べられない」なのだ。アナウンサーの連中までが会話のとき「ら」抜き言葉を使っていると、お前らのアイデンティティーというか職業人としての誇りはどこにあるのと言いたくなる。あらゆる分野でプロとアマチュアの境が希薄になっている時代、しようがないことか。恐らく死ぬまで、自分は「ら」抜き言葉は使わないし、また使えないと思う。

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2010/10/21

一級建築士

どうでもいい事だけど、近所の三十代・一級建築士奥方の姿を約二ヶ月ほど見かけない。亭主は以前から仕事が忙しいのか毎晩11時過ぎの帰宅、朝出て行く時間も一定ではない。ちょっとひ弱な感じの女性だったから病気で入院しているのか、赤ちゃんができて実家に帰っているのか、離婚したのかと勝手な想像をふくらませている。かなり遅い時間に外の道路に出てとんだり跳ねたり走ったりと軽く運動をしている様子だ。奥方が居るときにはあまりそんな姿は見たことがない。自分の女房がお産で実家に帰っているとき、女房と離婚したときも解き放たれた犬のように毎晩ネオン街をとび跳ね走りまわっていたことを思うと道路でひとりとび跳ねている亭主が信じられないだけのこと。大きなお世話か・・・。

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