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月別アーカイブ:「2010年12月」の一覧

2010/12/17

吉原エレジー

DVDを借りたついでに、一階の書籍売り場でつまらないエロ雑誌をめくっていたら東南アジアから来た女の子の座談会がのっていたのでつい読んでしまった。皆金のため日本へ来て、大なり小なりからだを売って金を稼ぎ親に送金しているらしい。ふと昔ノートに書き写してをいた吉原エレジーを思い出し帰ってからノートをめくった。
※思い起こせば三歳前、村が飢饉のそのときに、娘売ろうか、ヤサ売ろか、親族会議がひらかれて、親族会議のその結果、娘売れとのごしょ存に、売られたこの身は三千両、口に紅付けお白粉つけて、泣く泣くお籠にのせられて、着いた所は吉原の、その名も高き揚屋町、ところも知らぬ、いやなお客もいとわずに、夜ごと夜ごとのあだ枕、これもぜひない親のため、静かに更けゆく吉原の、今宵も小窓に寄り添って、月を眺めて眼に涙、あける年期を待つばかり。
人類の歴史始まって以来、いつの世にもこういう女性がいるのだなと思った。小田原の宮小路にフィリピンパブがあり、そこで働いている女の子が三人近所のアパートに住んでいて、夕方、三人揃って出かけて行くとき道で会うと必らず立ち話をする。一度三人を家に呼んでいろんな話を聞いてみたくなった。

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2010/12/16

抗米援朝(カンメイユワンチャオ)

北が韓国の延坪島を砲撃したというニュースが飛び込んできた。1951-2年ごろ朝鮮戦争の真っ只中には北京にいた。中国の人民解放軍が参戦、北京の街は「抗米援朝(アメリカをやっつけ北朝鮮を助けよう!!)」のスローガン一色。解放軍のトップは朱徳総司令、朝鮮戦場のトップが確か彭徳懐、学校で子ども達は彼を英雄視し、「抗米援朝」の歌をうたい、コブシを振り上げスローガンを叫んでいた。小学生の小さな子どもがだ。朝教師が開口一番「平壌」が解放された等の戦果を大声で叫ぶと子ども達も興奮して「平壌解放了!!(ピンユアンチエフアンラ)」と口々に叫んでいた。下校時には列を組み、金日成将軍賛美の歌をうたう。ときどきテレビに映る北朝鮮の子ども達が行列して歩いている姿とだぶる。街には毛沢東の肖像画がいたる所にあふれ、あちこちにベタベタとスローガン。10月1日国慶節には天安門の前を軍のパレード、延々と続く民衆の隊列。そして食べ物にもこと欠き、乞食同然の姿の中国人が街にあふれていたのを思うと、正にいまの北朝鮮と同じ中国だった。約六十年前の話だ。

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2010/12/15

笑う

怒りながら走ったり、泣きながら歩いたりしている人はいるけど、笑いながら動いている姿というのは演劇以外であまり見たことがない。何かの映画で気の狂った女が大声で笑いながら走り去る場面がそういえばあったけれど。自分のことを考えてみても笑っているときは大体ジッと立っているか座っているときのように思う。どうしてだろう。人間以外の動物には「笑う」ということがあるのだろうか。嬉しそうな顔はしても「笑う」ことはないように思うのだが・・・。となると「笑う」という現象は人間だけのものなのだろう。バカ笑い、ふくみ笑い、ほほえみ、苦笑い、泣き笑い等いろいろとある。「笑い」を学術的に研究した本などあるだろうか。今度本屋に行ったら探してみよう。

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2010/12/14

猛反発

いつの時代にも年寄りは次の時代の波に逆らい反発し、困ったことだと嘆き次世代の心配をしながら死んでゆく。でも何だかんだと言いながら人間は何千年だか生き延びてきたのだから、どうにかなるのだろうと思うし、いらぬお世話はせぬものだと最近思えるようになった。食事はスーパーの惣菜ですませられるのであればそれでよし、本は電子書籍けっこう、夫婦仲がどうもしっくりいかなければハウツウ物の本が出ていて、家庭問題、人生問題カウンセラーという肩書のオジサンが全ては解決してくれるようだから、それでよければそれで結構、変にメクジラ立てぬことだと、年寄りばかりと飲んでいるときそう言ったら猛反発をくった。「アンタは家庭が崩壊してるし孫もいないからそういうことが言えるのだ」という。「だったらこんな所で不平、不満、嘆きを口にしてないで世直しのために何かやってるの・・・?」と言ったらまた猛反発をくった。要するに世の風潮に対する嘆きを口にしているだけでストレス解消になっていて、自分達のモノの考え方に同意する仲間と喋っていることが楽しいのだろう。「何か行動を起こすようだったら言ってよ・・・じゃあまた」とひとり先に帰ってきた。やはりひとりフラフラと飲み歩くに限ると思い鎌倉小町通りを脇道に入り焼鳥屋ののれんをくぐった。

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2010/12/13

秋の声

「秋の声とは虫絶えてからのこと」
いい俳句だなと思った。新聞の俳壇で俳人宮坂静生選で出ていた。彼の<評>として、(深秋の静けさ、いうならば無韻の韻を「秋の声」というのであろう。「音絶えしこの音が雪降る音か」–有働亭–の名句を思わせる表現の妙。)とあった。「はやぶさ」が確か3億キロ先の天体から七年がかりだかで微粒子を地球に持ち帰った話もすばらしいと思うけど、こういう俳句、こういう感性に出会うとホッとする。物があふれ、スーパーは安売り競争に精を出し、11月に入ったらクリスマスツリー、大臣の失言だ暴言だと騒がしくてしようがない。貧しくても、少々不便でもいいからもう少し静かに、心豊かに暮らそうよと言われた気がするのだ。まあ世間のことはどうでもいいか。自分が黙って自分の好きな世界を作ればよいことだ。

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