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月別アーカイブ:「2011年01月」の一覧

2011/01/25

「我楽多録」1/15より発売開始

文芸社から待望の絵本「我楽多録」が発売されました。

へんな囚われやこだわりのない自由な精神が奔放に躍っている、ユニークで楽しい画文集。
究極のところ「人間はひとりぼっち」という著者の「悪戦苦闘」の日々の一部を切り取って『我楽多録』と名付けた画文集。人生の機微に巧みに触れる言葉がご く平易な語り口で綴られており、画風もユニークで楽しい味わいの深い魅力的な作品である。作画・構図、文章・文字、配色、いずれも巧みに描かれており、な おかつ親しみやすい。ひと言でいうとクオリティーの高い大人の絵本。
(文芸社書籍詳細より)

「我楽多録」1/15より発売開始

我楽多録(文芸社)
喜多村 琢
定価:2,100円(税込)
>> http://www.bungeisha.co.jp/bookinfo/detail/978-4-286-09814-2.jsp

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2011/01/20

一発逆転

寝る前に堀口大学の詩集を開いていたら、「一生を償ふに足る、一瞬が人生にある」と詩の一節にあった。それから本を閉じ、「多くの駄作を償うに足る、たった一ツの作品」とか、「全てのことを帳消しにしてもらえる命をかけた行為」とか、「たった一ツのこの事で三人の息子が親父を見なおした」とか、自分のこれまでを振り返ると、宝クジを当てる位の確率にいつもかけていたように思えてならない。宝クジも買わなきゃ当たらないのだから、いまとなっては9回裏一発逆転満塁ホームランを夢みて、とにもかくにも身を削るしかない。ヨシッ!!明日は二時起床と眼を閉じたら漫才師がノコギリを奏でながらのセリフ「オマエワ、アホカ・・・」が聞こえてきた。「アホでけっこう。アホでけっこう」と唱えているうちに寝てしまった。

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2011/01/19

節目

箱根駅伝の走者が丁度二宮を通過する時刻に、国道一号線添いにある郵便局へ行った。新らしい下駄に少しオシャレをして。応援の人達が読売新聞の小旗を振って道の両脇を埋めていた。正月二日だというのに群衆の中に正月らしい服装の人が全く見当たらない。ふだんスーパーに買物に行くのと全く変わらない人達をみて悲しかった。せめて小さな子供にだけでもふだんと少しは違う身なりをさせてあげて欲しいと思う。昔は貧しいながらも正月には新らしい靴だったり、セーターだったり、親はなんとか工面して与えてくれ、そんなチョッとしたことで一ツの節目、新らしい気持、親のありがたさを感じたものだ。帰りに家々の門を見ても松飾りのある家が本当に少ない。クリスマスの豆電球を塀に張りめぐらせていた家にも。
世の中変わった。何か大切なものが失われてゆく。

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2011/01/18

年賀状

昨年十二月の中ば過ぎ、出来上がった本を送り、近況を書いた手紙を添えたりして今年は年賀状を失礼する旨書かせてもらった。毎年いただく年賀状の約半分は、表面、裏面ともにパソコンでの印刷のみ、一行の添え書きすら見当たらぬものばかり。せめて自分の名前ぐらいは自筆であって欲しいと、賀状をいただきながら不愉快な気持になっていた。ところが今年は本のお陰か、90%の賀状に何らかの添え書きをいただき、人によっては多くの方から年末に手紙や贈り物が届いた。・・・ということは、これまでの自分の相手に対する接し方にむしろ問題があったのだと、初めて気がついた。なんとも恥ずかしい限りだ。「去る者は追わず、来る者は拒まず」といった傲慢さで、年々出す賀状を減らしていっていた自分が、実につまらないちっぽけな人間に思えた正月三ヶ日だった。

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2011/01/17

長短

年が明けた。毎年、年の暮に思うのだが、一年365日というのは長すぎもせず短かくもなし、何とも程よい時間の区切り、自然の法則に脱帽する他ない。よくトシをとると一日がとてつもなく長く、一年がアッという間に過ぎると耳にするが、いまだそのように感じたことはない。確かにこれまでを振り返って十二・三才頃までの年月は、いまと比べれば倍ほどの時間のように思うことはある。それは恐らく毎日が変化に富んでいて、日々新らしいモノとの出会いがあるからではなかろうか。
夢中になってやることがあれば、一日はアッという間に過ぎ、一年はそれなりに充分な時間なのでは・・・。ただ、義務づけられたり、意に添わぬことで一日がアッという間に終るのだけはご免こうむりたい。今年もなんとか充実した一日一日の積み重ねで一年を終えたいと日記に書いた。
サテ、どんな一年になるのだろうか・・・。

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