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	<title>書家/アーティスト 「喜多村琢」サイト</title>
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	<description>書家でありアーティストの「喜多村 琢」が、新たな活動の場を広げるために開設したオフィシャルウェブサイト。</description>
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		<title>挨拶</title>
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		<pubDate>Sat, 08 Oct 2011 11:17:01 +0000</pubDate>
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<p>「挨拶の仕方一ツでその人が分かり、玄関での靴のぬぎ方一ツでその人の親が家庭が分かるから、チャンとしなさい」と人の家を訪ねるときなど母によく言われた。何も礼儀作法で教わる頭を下げる角度がどうのといった型にはまったことではない。「初めまして・・・」とか「やあ、どうも・・・」とか、ほんのちょっとした一言、その仕草で確かにその人のある部分のおおよそのモノはつかめると思う。最近、親がわりのようにしている女の子から、自分も二度ほど会ったことのある男性に結婚を前提にした付き合いをと言われたと相談を受けたとき、「ああ、あの男はダメ、挨拶がなってないから・・・」と即座に言っている自分がおかしかった。別れた女房と結婚する前に母が、「挨拶がチョッとね・・・」と言葉をにごしてなんとなく反対の意志を表わしたのを思い出したのだ。「挨拶」というのは、本来禅の世界の言葉で、「挨」は（近づく意味）「拶」は（引き出す、探りを入れる意味）なのだそうだ。弟子と禅問答をする際に、悟りの深浅を確かめるためいろいろと探りを入れ、弟子の人間性というか、いのちを引き出すことを「挨拶」といっていたという。そんなことを聞くとなるほどと少し分かったような気になる。</p>

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		<title>命</title>
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		<pubDate>Fri, 07 Oct 2011 11:16:39 +0000</pubDate>
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<p>台風が過ぎたら途端に涼しくなり、あんなにうるさかった蝉の声を今日はもう全く聞かない。この台風で何千匹、何万匹という蝉が一挙に死に絶えたのかと思うと恐ろしくなる。蝉にとっては大災害、東北地方を襲った地震や津波の比ではないのだろう。だがチョッと待て、あの津波で小さな虫やネズミ、その他どれだけ多くの生きものが命を落としたことか、できることなら調べてその数字を発表して貰いたいと思う。恐らく億をこす数えきれない命が・・・。ただ、人間をはじめ生きものは全て、災害であろうがなかろうが自然のなすがままに命絶えてゆくのだ。ふとそんな事を思った今回の台風だった。付け加えるとクモは凄い。軒下のクモの巣もクモもあの程度の雨風はものともせず、全て何事もなかったかのように今日も元気だ。彼等の台風対策は万全だ。</p>

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		<title>ゴールデンアワー</title>
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		<pubDate>Wed, 05 Oct 2011 11:16:13 +0000</pubDate>
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<p>TVでゴールデンアワーといえば大体七時～九時台を言うのだろうか。最近初めて知ったことだがゴールデンアワーは英語では医師たちの隠語として使われ、緊急医療で患者の生死を分ける最初の一時間をいうのだそうだ。ちなみに今日九月二十三日（祝日）のTV、七時台を拾ってみると、NHKスペシャルのど自慢被災地大会ドキュメント、4ch謎解き歴史ミステリー（常識のウソが暴かれる）、5ch永遠の歌謡名曲祭、6chキングオブコント2011、7ch世界で働くお父さん！単身赴任で辺境の地、8chペケポン100回記念SP。これでは視聴者という患者は間違った緊急医療を施されたようなもの、殆んどの人が脳をやられて生ける屍となってしまう。もう少し質の高い番組を作れないものだろうか。こんなものを何百万人もの人が観ていると思うと恐ろしくなる。</p>

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		<title>浮生、意に適わば、すなわち楽と為す</title>
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		<pubDate>Tue, 04 Oct 2011 11:15:48 +0000</pubDate>
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<p>はかない人生、一ツでも満足できればまあよしとせねば・・・。という意味だそうだ。60才まで生きれば充分と思っていたら70才になってまだ生きている。もうチョッとこうすればよかったはあるにしても、そしておよそいい加減でグウタラな年月だったが「まあよし」どころではない。これ以上を望んだら罰が当たる。一ツには病気らしい病気をしたことのない丈夫なからだ、また何が満足かといって、悲しい事も、つらい事も、腹の立つ事も全ての出来事が結局は自分の楽しみに変えられる性格に生んで貰ったというか、そういう育ち方をしたのか、DNAか・・・。ご先祖さまに感謝せずにはいられない。そして何よりの幸わせは、10代半ばより半世紀以上、片想いが殆んどだったにしても、いつも誰かに恋をし今なおそれが続いていることだ。その上、恋した相手は全て素敵な女性、いつも何らかの力を自分に与えて貰えたことだ。おまけにケンカ別れをした女性は一人もなく、いまだに何らかの付き合いが続いていることだ。</p>

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		<title>箱作り</title>
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		<pubDate>Mon, 03 Oct 2011 11:15:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
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この約一ヵ月、次の作品づくりのための箱作りに、連日平均すれば13時間以上精を出した。一日に約一個、計30個ほどの古色蒼然たる箱が出来上がった。芸術だ、アートだなどはどうでもよくて、その箱の中に、もしそんなものがあれば自 [...]]]></description>
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<p>この約一ヵ月、次の作品づくりのための箱作りに、連日平均すれば13時間以上精を出した。一日に約一個、計30個ほどの古色蒼然たる箱が出来上がった。芸術だ、アートだなどはどうでもよくて、その箱の中に、もしそんなものがあれば自分が欲しいと思うもの、マニアックなモノを作って入れることが出来ればと思っている。自分の力の限界は自分がいちばんよく知っているから、何とも心もとない限りだが・・・。ただ、どんなものが出来上がるにせよ、いい悪いは別にして、自閉症、分裂症気味で自分の性格、興味等を考え合わせると、恐らく自分に最も適した仕事になるはずとチョッと楽しみにしているのだが、はたして腕がともなうかどうか、それが問題だ。いまは連日、頭の中はその事でいっぱい、下手すると朝の一時半には眼が覚めてしまう。</p>

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		<title>煮干し</title>
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		<pubDate>Sun, 02 Oct 2011 11:14:59 +0000</pubDate>
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みそ汁の“だし”にと煮干しの頭を取り除き、いつもはそんなことはしないのだがまな板の上に約10個、とった頭をきれに並べてみた。口を閉じたもの、半分開けたもの、眼がどこかにいって空洞になったもの、細長い顔、少し丸みをおびた [...]]]></description>
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<p>みそ汁の“だし”にと煮干しの頭を取り除き、いつもはそんなことはしないのだがまな板の上に約10個、とった頭をきれに並べてみた。口を閉じたもの、半分開けたもの、眼がどこかにいって空洞になったもの、細長い顔、少し丸みをおびた顔、眼のふちが少し黄色味がかったものとそれぞれに少しずつ違う表情を見せている。そして何とも美しいのがその玉虫色、光線の具合で微妙に色が変わり、透明感のあるその色は、よほどのデッサン力のある絵描きでなければ描けまい。しばらくの間、明るい太陽光の下に持ってゆき、その一ツ一ツの表情、色に見入ってしまった。そしていつもはそのまま捨ててしまう顔を、捨てるにしのびなく、少々苦味が出てもかまわないと“だし”に使ったのだ。これからも恐らく頭ごと使うことになると思う。</p>

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		<title>雨に濡れた寿し</title>
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		<pubDate>Sat, 01 Oct 2011 11:14:34 +0000</pubDate>
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いつも来る来ると騒ぐわりにはそよ風程度に終る台風が、今回は多少台風らしい雨・風で、被害に会われた方には申し訳ないが嬉しくなって少し風がおさまった時点で、じかに雨・風に触れてみようと駅まで雨に濡れながら歩いてみた。ふだん [...]]]></description>
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<p>いつも来る来ると騒ぐわりにはそよ風程度に終る台風が、今回は多少台風らしい雨・風で、被害に会われた方には申し訳ないが嬉しくなって少し風がおさまった時点で、じかに雨・風に触れてみようと駅まで雨に濡れながら歩いてみた。ふだんでも四・五軒しか店を開けていない約100mの商店街はものの見事にみなシャッターをおろしてまさしくシャッター街。消防署の人が電線にかかった木の枝を取りはずし、吹き飛ばされた看板等の片づけをしていた。タクシーのりばのベンチが横倒しになり、ゴミ入れがひっくり返りダンボールの箱が幾つか散乱する中、駅前の小さな「寿し」のチェーン店だけがシャッターを半分おろして店を開けていた。店員に「店を開けてるんだ・・・」と声をかけたら、いまシャッターを開けて様子を見ているところですという。なんだか買わずにいられない気持にさせられ、いちばん安いのり巻を一ツ買い、人っ子ひとり通らないのをよいことに食べながら家へと向った。雨に濡れながら、雨でずぶぬれの食べものを口にするのは子どもの頃の満州以来か・・・。どこか心ウキウキする約三十分の散歩だった。</p>

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		<title>金魚</title>
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		<pubDate>Fri, 30 Sep 2011 11:14:01 +0000</pubDate>
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飼いだして約四年になる金魚、赤・白・黒三匹のうち、この八月に白が、そして九月に入って黒が死んだ。飼い始めた頃と比べると約五倍ほどに大きくなっていた。毎日わが家に立ち寄る女性が、自分が飼っていたかのように悲しんでくれたが [...]]]></description>
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<p>飼いだして約四年になる金魚、赤・白・黒三匹のうち、この八月に白が、そして九月に入って黒が死んだ。飼い始めた頃と比べると約五倍ほどに大きくなっていた。毎日わが家に立ち寄る女性が、自分が飼っていたかのように悲しんでくれたが、このトシになると多くの人の死と出会ってきたからか、生きものの「死」がそれほど悲しくもなければ淋しくもない。ただ四年も水を替え、餌を与え、毎日水槽を泳ぐ姿を見るともなく見ていたから、愛着がないわけでなく、白い布にくるんで窓のすぐ下の土に埋めてやった。わが子、わが親、またどんなに愛する人でも永遠に別れが来ないとなったらチョッと異様なものを感じるし、たまったものではない。むしろ別れがあるから愛情も生まれれば、付き合い方にも心がこもるのではと思ってしまう。最後に残った赤の一匹、何を考え何かを感じているのか、かなり弱ってはきているがなんら変った様子もなく、何事もなかったかのように、いまもゆったりと泳いでいる。</p>

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		<title>話・いろいろ</title>
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		<pubDate>Thu, 29 Sep 2011 11:13:38 +0000</pubDate>
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作家H氏からの電話での話、幾つか書いてみよう。
○天気がよいので鎌倉のハイキングコースを歩いているうちに裸足で歩いてみたくなり、裸足で歩いたところ帰宅後、足の親指から血が出ているのに気づいた。砂利道を裸足で歩くとかなり [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p>作家H氏からの電話での話、幾つか書いてみよう。<br />
○天気がよいので鎌倉のハイキングコースを歩いているうちに裸足で歩いてみたくなり、裸足で歩いたところ帰宅後、足の親指から血が出ているのに気づいた。砂利道を裸足で歩くとかなり痛かったけれど、足の裏から何かが伝わってくる。アスファルトの道に出た途端、実につまらなく靴をはいた話。<br />
○「山が雲を湧かせるのは見たことがあるけれど、昨夜は月が雲を湧かせていたけど見ましたか・・・」と、急いで外に出てカメラをまわしたがうまく撮れなかった話。<br />
○「木を植えた男」の作家バックの展覧会を観ていると、彼はゴッホを超えていると思った話。それからイギリスの作家、リチャード・ハミルトン、箱絵の作家、ジョセフ・コーネル、チェコの作家、ヤン・ジュヴァンク・マイエルと日替わりで話は続く。<br />
○言葉を考えたので聞いてくれとの電話。<br />
・次元を超えて<br />
　時の流れ<br />
　空間・時間<br />
　分ける次元<br />
　あるがまま<br />
　言葉に換えず<br />
　空感・時間<br />
　あるがまま<br />
最初の四行が単に後の言葉の説明になっているためくどい感じがするので、<br />
・時の流れ<br />
　あるがまま<br />
　言葉に換えず<br />
　空間・時感<br />
　あるがまま<br />
・・・とした方がスッキリして分かりやすいのではと、感想を述べたら彼も納得。<br />
○作品を見て説明を求められると「なぜ、どうして・・・」と不思議に思うと同時に少し腹が立つ。音楽でも絵画でも、見る側、聴く側の見たまま、聴いたまま、それ以上の何ものでもなく、それでいいのにと思ってしまう話。等々。</p>

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		<title>時感</title>
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		<pubDate>Wed, 28 Sep 2011 11:12:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
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「（時間）でなく、（時感）の方がピッタリきませんか・・・。」朝の五時四十分過ぎに電話があった。七月に知り合ったばかりの鉄の楽器（彫刻）作家H氏からだ。こちらが早起きだと知ってか、朝の早くに彼はかけてくることがある。単純 [...]]]></description>
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<p>「（時間）でなく、（時感）の方がピッタリきませんか・・・。」朝の五時四十分過ぎに電話があった。七月に知り合ったばかりの鉄の楽器（彫刻）作家H氏からだ。こちらが早起きだと知ってか、朝の早くに彼はかけてくることがある。単純な話、時間というのは、同じ一時間でも楽しいとアッという間に過ぎ、つまらない時間だと一時間が二時間にも三時間にも感じるように、人それぞれがその時のその人の感じ方の中での時間な訳だから（時間）でなく（時感）の方が・・・という話だ。朝の早くに眼が覚めてそう思ったから電話したという。そして約三十分ほど話は続く。このところ少なくとも三日に一度、一日二回の電話のこともある。世間話や、生活感のある話は一切なし、自分がその日に考えた事、感じたことを電話してくれるのだ。実に新鮮で実に楽しい。このせちがらい世の中で、還暦を迎えてなお、日々、一刻々々こんな（時感）を過ごしている人が居ることが嬉しい。世の中の垢にまみれたわが身を洗い清めてもらったような気がして、実に有難い電話だ。</p>

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